大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和52年(う)305号 判決 1977年5月23日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年二月に処する。押収してある自動車運転免許証一通(東京高裁昭和五二年押第一二五号の一)の偽造部分を没収する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

<前略>当裁判所は、次のとおり判断する。

第一控訴趣意第一は、原判示第一の有印公文書偽造、同行使の事実につき、事実誤認及び法令適用の誤りを主張し、原判決は、被告人が、伊藤常雄に対する自動車運転免許証の写真部分を切り取り、そのあとに自己の写真を貼付するなどして免許証を偽造し、これを司法巡査に提示して行使した行為につき、原判示五種の運転免許にかかる五個の有印公文書を偽造し、かつこれを行使したものと認定し、それぞれ五個の罪が成立し、各観念的競合の関係にあるものとして処断したのは誤りであるというのである。

よつて、記録及び証拠物を調査して検討すると、被告人が山形県公安委員会発行の、同委員会の記名押印のある、伊藤常雄に対する大型一種、大型二種、大型特殊自動車、小型特殊自動車、自動二輪車にかかる運転免許証につき、右伊藤の写真部分を切り取り、そのあとに自己の写真を貼付するなどして、同委員会作成名義の運転免許証を偽造し、これを取締に当る司法巡査浅見利一に提示して行使したことは争いがないところであり、関係証拠によりこれを認めることができる。

所論は、本件免許証は、物体としては、縦七センチメートル横一〇センチメートル程の一枚のカードに過ぎず、公安委員会の記名、押印もカードの表面に各一個存在するのみであり、五種類の免許の表示方法としては、「免許の種類有無」の欄の各該当免許の種類の上に「1」の記号を印しているに過ぎず、他の免許事項に関する記載とあいまつて、はじめて免許取得者が数種の免許を取得していることを内容とする一個の証明を形成するに過ぎないと認めるのが相当であるという。

本件免許証の様式が、昭和四八年総理府令一一号による改正後の道路交通法施行規則別記様式第一四に定められた様式のものであつて、所論指摘のような体裁のものであることは、所論のとおりである。しかしながら、道路交通法九二条一項、二項が、日を同じくして複数の免許を与えるときは、一の種類の免許に係る免許証に他の種類の免許に係る事項を記載して交付し、また、免許を現に受けている者に異なる種類の免許を与えるときは、新に与える免許に係る免許証に既に受けている免許に係る事項を記載して、既存の免許証と引き換えに交付するものと定めているのは、もともと免許の異なるごとに各別の免許証を作成交付すべきものを、免許証の携帯の便宜、免許証作成手続の簡素化、複数の免許に係る免許証の有効期間の統一、更新手続の一元化、免許の停止、取消等の処分の明確化等の政策上の要請からされたものであると解せられる。そして、この点は前記免許証の様式の改正の前後を通じて変るところはない。従つて、免許証に存する免許に係る事項の記載は、免許の種類の異なるごとにそれぞれ一個の公文書をなしているものと解するのが相当である(東京高等裁判所昭和四二年一〇月一七日判決、高刑集二〇巻五号七〇七頁参照。)。免許証の大きさや、免許証の上に公安委員会の記名、押印が各一個しかないことなど、所論指摘の点も、右の認定を妨げるに足りない。

してみれば、被告人が原判示のとおり、五個の有印公文書を偽造し、かつ行側した旨事実を認定し、五個の有印公文書偽造罪と五個の同行使罪が成立し、各偽造相互間および各行使罪相互間には観念的競合の関係があるものとして該当法令を適用処断した原判決には、事実の誤認も法令適用の誤りも存しない。

所論(控訴趣意第一、二)は、仮に本件免許証には五個の文書が存するとしても、被告人には五個の免許証を偽造するという構成要件的結果を発生せしめるとの認識が欠けていたという。しかしながら、被告人は、拾得した本件免許証を利用して、タクシー運転手として就職し、その収入を増加させようと企て、自己の写真やゴム印を準備し、右拾得の日より約一〇日後に偽造行為を行なうに至る間、本件免許証をつぶさに閲覧し、内容を了知したであろうことは想像に難くないところであり、被告人は偽造に際し、本件免許証に五種の免許に係る事項が記載されていることを十分に知つていたものと考えられる。そのうえで、右免許証に貼付された写真を貼り替えるなどの偽造行為をした被告人には、偽造文書の内容の理解に欠けるところがあつたものとは思われない。所論指摘のとおり、被告人の検察官に対する供述調書中に、「……公安委員会の印の押してある公文書一通を偽造しました。」旨の供述記載がある点も、右は単に被告人の法律見解を述べたに過ぎないものと解され、右の認定を左右するものではない。

所論(控訴趣意第一、三)は、仮に五個の公文書偽造罪が成立するとしても、被告人としては司法巡査浅見利一に対してタクシー運転に必要な大型二種免許のみを示すつもりであり、他の偽造部分を提示する意思はなかつたという。

しかしながら、関係証拠に照らしても、被告人が司法巡査に本件偽造免許証を提示するに際して、他の免許に係る記載部分を隠して、大型二種免許に係の記載部分のみを提示した形跡は全くない。のみならず、被告人において右偽造免許証に五種の免許に係る事項が記載されていることを十分に知つていたものと認めるべきことは前記のとおりであるから、被告人に大型二種免許以外の免許に係る記載部分を提示する意思がなかつたものとは到底考えられない。

してみれば、この点に関する所論はすべて理由がない。

<以下省略>

(綿引紳郎 石橋浩二 藤野豊)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例